世界遺産で巡るバルト三国 ~エストニア・タリン~

ラトビア、リトアニアに続いて、最後はエストニアの世界遺産都市、タリンの旅行記です。こちらは2015年5月、JALのヘルシンキ線に乗ってみたくてプランした旅。ヘルシンキ乗り継ぎでタリンまで行き3泊、帰りはタリンからTallinkという大型フェリーでヘルシンキに戻って2泊しました。

少し前の情報にはなりますが、北ヨーロッパを代表する中世都市の一つ、そしてエストニアの首都でもあるタリンについて、ご紹介します。

目次

エストニア基本情報

エストニアはバルト三国の中では、人口は一番少ない137万人程度。ただ独立回復後の経済的な発展は、三国の中で最も早かったようで、GDPなども他2国に比べると高いそう。IT先進国でもあり、観光業も強く、おそらくバルト三国で一番観光客に人気の都市もタリンです。

ちなみにエストニアがSkypeを生み出すなど、IT先進国であったことは下記の記事でも触れましたが、背景として、ソビエトの支配時代にIT関連の研究施設があり、独立回復後もその人材を活かすことができたのが理由の一つらしいです。同じような理由で、ラトビアは製薬に強く、リトアニアはバイオに強いらしい。歴史は繋がりますね。

言語のルーツは北欧、特にフィンランドと近いらしく、また古くはデンマークやスウェーデンに支配されたという歴史から、三国の中ではやや系統が違い、北欧寄りの立ち位置の模様。ユーロの導入も一番早く、エストニアは2011年、ラトビアが2014年、リトアニアが2015年となっています。

エストニアの世界遺産:タリン歴史地区 Historic Centre (Old Town) of Tallinn

そんなエストニアで1997年、最初に登録された世界遺産がタリン歴史地区。同じタイミングで世界遺産に登録されたラトビアのリガ歴史地区と同様に、13世紀に北ヨーロッパにおけるハンザ同盟の主要都市として発展。その繁栄を偲ばせる美しい中世都市が、保存状態も良く残っていることが評価され、世界遺産に登録されました。

ざっくり言うと、城壁に囲まれている旧市街がほぼ丸っと、世界遺産のコア(核心)ゾーンとして登録されています。

ハンザ同盟とは、北欧、バルト海沿岸の都市の商人たちが結成した、都市同盟です。商取引のルールを統一するなどし、都市間の貿易をスムーズにする役割を果たし、これらの都市は商業的に繁栄しました。

有名な都市はドイツのリューベック、ノルウェーのベルゲン、ドイツのハンブルク・ブレーメン、スウェーデンのヴィスビーなど。ハンブルクは火災により当時の街並みは残っていないそうですが、他の都市はすべてハンザ都市としての価値を含め、世界遺産に登録されています。

旧市街の教会

まずは旧市街にある印象的な教会からご紹介します。最初は聖母マリア教会とも言われる、大聖堂(Toomkirik)。そこまで大きな教会ではないですが、白壁に塔のスッキリした外観と、歴史を感じる金細工の紋章のコントラストが良い。

調べたところ、もともとこの地区を征服したデンマーク王が13世紀に建てた、エストニア最古の教会だそう。16世紀からはタリンを支配していたドイツ貴族たちの公式な教会となったものの、17世紀に火災で内部はほぼ消失。現在の内装はその後再建されたものらしい。木製の紋章碑(エピタフというらしい)もドイツ貴族たちのもので、亡くなった人の功績を称える役割だとか。

大聖堂
ステンドグラスもスッキリめ
エピタフという木製の紋章碑
金箔の使徒がいる説教壇

続いて聖ニコラス教会。こちらも戦争のためオリジナルの内装は残っていないそうで、ステンドグラスなどはかなり現代的なもの。立派なパイプオルガンがあります。

外観
青い壁が素敵
現代的なステンドグラス
パイプオルガン
上に天狗っぽい人が・・

次は聖霊教会。この建物は、14世紀に建てられたものが残っている。外壁の時計は1684年製、タリンで最初の公共の時計だそう。一方で、中のステンドグラスはエストニアを代表するステンドグラス作家、ドロレス・ホフマンさんが1984年から2016年にかけて完成させたそう。確かにキリスト教の古典的モチーフが描かれているものの、デザインや色使いは現代的。

聖霊教会
歴史の重み!
このドアも歴史ありそう
現代的なステンドグラス
色使いも鮮やか
ジオメトリックな窓も

続いて19世紀半ばに建てられたというカトリック教会、聖ペテロ・パウロ大聖堂。この教会の近くには、非常に美しい通りとして観光客に人気のスポット、カタリーナの通路があります。

St. Peter and St. Paul’s Cathedral
カタリーナの通路
逆から見ても良い感じ

こちらは少し毛色の違う教会。1901年、帝政ロシアの支配下で建てられたアレクサンドル・ネフスキー大聖堂。立派で美しいロシア正教会ですが、歴史を踏まえるとエストニアの人々には複雑な気持ちがあるかもしれません。このすぐ向かいにあるピンクの建物は、エストニア議会です。

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
エストニア議会

最後は街中に見える教会。緑の尖塔が印象的な建物は、聖オレフ教会。後ろに海と、うっすらとテレビ塔が見えます。この聖オレフ教会の尖塔の足元のところ、屋根に上ることができて、そこから見たタリンの街並みは、これまで紹介した教会をほぼ一望しています。大聖堂、聖ニコラス教会、聖霊教会、そしてロシア正教会。

正教会の右手、うっすら見えている石の塔のがトームペア城です。タリンの重要な観光スポットなのですが、どうやら写真を撮り忘れたようで、この小さいのしか残ってない。この旅行中、基本的に曇り・雨・そして極寒(5月なのに8度とか)で辛かったですが、曇り空でも街並みは美しい!

尖塔が美しい、聖オレフ教会
聖オレフ教会の塔から、タリンの街を一望

旧市街の街並み

続いて教会以外の旧市街の見どころ。旧市街の中心地となるのはラエコヤ広場と旧市庁舎。悪天候の中、広場にはマーケットも出ていました。

市庁舎と広場
雨樋に気になる奴らがいる

次は商人関連の建築物。こちらの黄色い家は大ギルドの会館。ギルドとは中世ヨーロッパで生まれた職業別組合のこと。大ギルドはギルドの中の最高位にあったそうで、確かに会館の佇まいも立派。近くには、ブラックヘッド会館という、若い商人のための会館も。リガで見たブラックヘッドハウスと同じで、エジプト出身の聖モーリスがパトロンとしてドアの上部にいます。建物の写真がない。。

大ギルドの会館
ドアの装飾が素敵
ブラックヘッド会館のドア

続いてこの3軒並びの家は三人姉妹と呼ばれる昔の商家。商売儲かってる雰囲気が出てますね。三人兄弟もどこかに居たらしいが、見逃しました。リガにも三人兄弟がいたし、やはり同じハンザ都市ということで共通点があります。

商人の家、三人姉妹
ドアに金持ち感が出てる

その近くには、ふとっちょマルガレータと呼ばれる塔。城壁を出て港に向かう重要な出入り口を守る、壁の厚い塔です。現在は海洋博物館になっているということで、お洒落な船の看板も。

ふとっちょマルガレータ
海洋博物館の看板

続いて建物の合間にある”職人たちの中庭“と呼ばれる場所。Pierre Chocolaterieというお洒落なカフェがある(入ってないけど)。少し先、カタリーナの通路の手前にあったレストランの看板が可愛い(これも入ってないけど)。

職人たちの中庭
Munga Kelderというレストラン、人気らしい

古い建物ではないけど、旧市街エリアにある独立戦争戦勝記念碑。1918年から1920年の帝政ロシアからの独立戦争で、犠牲となった人々を追悼している記念碑。その後再びドイツ、旧ソ連に支配されたことから、実際に建てられたのは2009年とのこと。奥に桜が写っているのは、近くに日本大使館があって、日本からの友好の証として送られたからだそう!

独立戦争戦勝記念碑
右手に日本大使館

旧市街の締めくくりは、街を囲む城壁と門。セーターの壁と呼ばれるニット製品が売られている一角も。城壁はかなり長く、しっかりと残っており、こうした点もタリンが中世都市として評価されるポイントなのでしょう。

上ってみた
セーターの壁
この門の雰囲気が好き
塔もきれいに残っている
城壁の外側

世界遺産エリア外の観光スポット

最後に、世界遺産のコアゾーン外、バッファーソーン(緩衝地帯)からも少し外れているかもしれないけど、私がタリンで最も気に入った場所のご紹介。海沿いに旧市街から7kmほど北上し、ピリタ川を渡った先のピリタ修道院跡。15世紀前半に商人たちによって建てられ、1577年にロシア軍によって破壊されたそうです。

もともと廃墟好きでいろいろな廃墟を巡ってましたが、自分が”修道院の廃墟が大好物“ということに気がついた場所でした。めちゃくちゃカッコ良くて、ずっと夢中でシャッターを切り続けられる、そんな場所。ちなみにバスで行こうと思ってたのに、行きは乗りそびれて結局ずっと歩いて行った。帰りはさすがに乗りましたが。

カッコ良すぎて痺れる!
規模もあり保存状態も良い
二重のアーチ
修道士がここ歩く姿が目に浮かぶ
墓石に刻まれた文字に苔が生えてる
墓地+修道院

私は墓地好きで、海外旅行先では必ず墓地を探しますが、その習性もこの時から始まった気がします。石の朽ち果て感と、植物の生命のコンビネーションがホント美しい。

石の朽ち果て感にも痺れる
道の反対から。街中で急にこんなの見たら鼻血が出そう

歩いていったおかげで、途中のマーリヤマエ宮殿に寄ることができました。19世紀にロシア将校のために建てられた夏の宮殿だそう。トーン的にはタリンの旧市街とも合っている感じがする。

六角形?の塔
宮殿内部

エストニアのホテル・食事

続いてはホテルやレストランについて。この時泊まったのは、旧市街の中のBaronsというホテルで、20世紀初頭に銀行として建てられた建物。部屋の中はもちろん新しく、建物は良い感じに古さが出ていて素敵でした。

ホテルバロンズ
室内
朝食

到着した翌日、観光を始めたもののあまりの寒さに早々に心が折れて、FIGARO voyageに載っていたLeib Resto Ja Aedというレストランで早めのランチを取りました。今はリニューアルして、Lee Brasserieと名前も変わっているようだけど、同じ場所にあって、引き続き人気のレストランみたいです。

ライ麦パン
何かの肉だったような
極寒だったのでコーヒーが沁みる
色使いがPOPなステンドグラス
店内は落ち着いたお洒落感

スイーツの店も多そうだったので、カフェでケーキ休憩も(寒いからすぐ休憩してた)。このカフェは今はウクライナレストランになっているようでした。夕飯では、エストニアのビール、Sakuを!食事はイマイチだったので省略。

チョコレートケーキ
落ち着いた店内
エストニアのビール、Saku

お土産に何を買ったかもう覚えてないですが、市庁舎の近くにある、1422年から現役だという薬局、Town Hall Pharmacyは見に行きました。土産向きのものはなくて、何も買わなかった記憶。でも見るだけでも素敵な店内です。

土産にはならないですが、ヴィル門近くのフラワーマーケットは良い雰囲気。また、旧ソ連時代のアンティークを扱うお店も興味深かったです。

薬局内には小道具の展示も
薬局窓越しの広場
ヴィル通りの花マーケット
アンティークショップ

エストニアに行った10年後にラトビア、リトアニアに行き、バルト三国は制覇。振り返ることで、改めてその共通性や違いを知ることができました。ヨーロッパはバス網が充実しているので、ドイツやポーランドと組み合わせて行くのも良さそうだし、北欧と一緒に行くのもいいかな、と再訪の妄想は広がります。

円安の今、比較的コスパが良いバルト三国ですので、旅行される方にお役に立つ情報があれば嬉しいです!

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