世界遺産で巡るバルト三国 ~リトアニア・カウナス~

続いてのリトアニア世界遺産、2023年に登録されたばかりのモダニズム都市カウナス。カウナスは、ヴィリニュスがポーランド軍に占領されたことで、1919年から1939年、リトアニアの臨時首都となり、現在もリトアニア第二の都市。首都だった20年の間に、都市計画のもと多くの近代的な建築物が建設されました。バウハウスなど、西洋のモダニズムの影響を受けつつ、リトアニアの独自性もプラスした建物が点在するエリアが、世界遺産として登録されています。

そして日本人には、”日本のシンドラー”として年々認知が高まっている杉原千畝さんが、ユダヤ人のためにビザを発行した領事館があったことでも有名です。カウナスは、首都ヴィリニュスから電車で1時間少し。日帰りで訪問してきました。

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モダニズム都市カウナス:楽観主義建築 Modernist Kaunas: Architecture of Optimism

カウナス駅北側、ネムナス川右岸の都市の中心部が、モダニズム都市カウナスの世界遺産エリアとして登録されています。時代が異なるカウナスの旧市街は、世界遺産のバッファーゾーン(緩衝地帯)の扱いです。
今回は世界遺産の建築物が目的だったので、旧市街までは足を伸ばさず、世界遺産エリアのみを観光しました。

杉原記念館 Sugihara House Museum

カウナス駅から中心地までは、駅から徒歩20分程度かかります。やや方角は異なるものの、その間の住宅街に旧リトアニア日本領事館、すなわち杉原一家の住宅でもあった建物を利用した、杉原記念館があります。駅から丘の上の公園を抜けて15分ほどで到着。

門柱に”希望の門、命のヴィザ”
閑静な住宅街に佇む
英語の説明書き

通常の営業日が水曜日~金曜日、時間も11時~16時と限られていますので、訪問日にご注意ください。

中は部屋ごとに趣向を凝らした展示がされています。執務室を再現した部屋、一家の写真が飾られているリビングなど。考えてみれば、なぜユダヤ人の脱出に日本のビザ?というところはまったく理解してなかったですが、当時ユダヤ人の脱出ルートが制限される中、オランダ名誉領事だったヤン・ツヴァルテンディクが、南米にあるオランダ領キュラソー島を最終目的地とする”見せかけのビザ”を発行したそうです。

この最終目的に行くためのルートが、シベリア鉄道でウラジオストクに行き、そこから海を渡り敦賀に上陸するものだったので、日本への通過ビザが重要だったということになります。館内にはこのツヴァルテンディクさんの展示もあります。そして敦賀への船の手配に関わったのが、日本交通公社(ジャパン・ツーリスト・ビューロー)、JTBの前身だそうです。

この辺りの情報は、すべて展示で学びました。ただの巨大旅行会社だと思っていたJTBに、そんな歴史があったとは!また、外務省がビザの発給を止めるよう求めたのに、自分の信条で発給を続けたという話は、キリスト教徒であるという個人的背景も関わっているでしょうし、杉原でなければビザは発給されなかっただろう、と良く理解できる展示でした。個人の力が人を救い、世界を少し変えることができる、そう思えます。

再現された執務室のデスク
再現された執務室
写真を取るとビザに顔が入る

展示は非常に工夫されていて、自分の写真をビザに反映したり、仕掛けとして電話を使ったり、当時を再現した音声を聞いたり、インタラクティブなものが多いです。日本語があるのも日本人にはありがたいところ。カウナスでは絶対に外せないスポットです!

会話を再現した音声なども
インタラクティブに歴史を学べる展示
再現されたリビングルーム

ライスヴェス通り周辺

杉原記念館の見学を終えて、街の中心部に向かいます。土地が低いというリトアニアですが、カウナスはかなり坂の街。住宅街の長ーい階段を下った先、公園にモスクがありました。

その名もカウナスモスク。1930年に建設されたという、バルト三国唯一のレンガ造りのモスクだそうです。戦後、市の倉庫にされたりと不遇の時代を経て、1991年にモスクとしてイスラムコミュニティの手に戻ってきたとのこと。

モスクを通り過ぎて、中心部に進むと見えてきたのは巨大な教会、聖ミカエル教会です。屋根の形から、てっきりロシア正教の教会だと思ったら、ネオ・ビザンティン建築のローマ・カトリック教会とのこと(by Wikipedia)。この教会の前から、カウナスの目抜き通りとなるライスヴェス通りが始まります。街路樹が植えられた通り側から見た、教会の佇まいも素敵。

広場にどーんとそびえる、聖ミカエル教会
ライスヴェス通りから教会を望む

ライスヴェス通りは、ヨーロッパで最も長い歩行者天国の一つだそうです。近くにカウナス要塞が建設されていたことから、建物が3階までに制限されており、開放感がある通りがまっすぐ続きます。広々とした道の中央に二列の街路樹があり、両側の建物とのバランスも絶妙!

ライスヴェス通り
教会の斜め向かい、Mykolas Žilinskas Art Gallery

この通りに世界遺産の構成資産として重要な建築物である、カウナス中央郵便局やロムヴァ映画館があるのですが、下調べが不十分だった私はそれらの建築物にたどり着きませんでした・・。でも通りの両側を埋める建物は、有名なものでなくても、見ていて楽しいです。この先をずっと歩くと、カウナスの旧市街になります。

可愛い花屋
レストランの花壇も良い感じ

ちなみにカウナスは、ヴィリニュスより物価も安いので、この通りでお土産を探すのもオススメです!

ライスヴェス通りから右に曲がり、リトアニア銀行博物館の前を通って、この世界遺産のメインとなる建物の方へ向かいます。その道中も印象的な建物をいろいろと見かけました。

リトアニア銀行博物館
チュルニョーニス美術館の通りにあったビル
直線が印象的なカウナス工科大学
街なかに花・緑が多いのもリトアニアの特徴

国立チュルリョーニス美術館/ヴィータウタス大公戦争博物館

この世界遺産を代表する建築の一つ、国立チュルリョーニス美術館とヴィータウタス大公戦争博物館。2つの名前がありますが、実は同じ建物の裏表という関係です。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニスはリトアニアの国民的画家、かつ作曲家。その名前を冠した国立美術館。この美術館、中を見なかったことを今になって公開しているのですが、今年の3月から国立西洋美術館で34年ぶりとなる大回顧展が行われるそうです!展覧会の紹介に使われている作品がかなり印象的で、現地で見なかった後悔を上野で少し回収できればと思います。

国立チュルリョーニス美術館
ヴィータウタス大公戦争博物館

戦争博物館の方に名を冠しているヴィータウタス大公とは、1400年代にリトアニア大公国の大公だった人物。この統治時代にリトアニア大公国はヨーロッパ最大の面積を誇る国家になったそうで、リトアニアにとっては国民的英雄らしい。こちらも中は見ていませんが、庭に大砲が置いてあるなど、さすが戦いの博物館ねという感じ。

ヴィータウタス大公戦争博物館の時計塔
十字の丘を思わせる十字架

キリスト復活教会 Christ’s Resurrection Basilica

続いてもう一つ、この世界遺産を代表する建築が、キリスト復活教会です。長い坂と階段を上った、丘の上に建っています。近づくと、全景は見えづらいでかさ。この直線の感じとか、まさにモダニズムですね。

キリスト復活教会
結婚式をやっていた!
ミニマリズムっぽいデザイン
ステンドグラスも幾何学的
直線的な塔

近くでよく見てると、ちょっとボロさがあります。カウナスは他の建築も、手入れしたらもっときれいなのに、というのが結構ありました。あと建築物の前に車がたくさん駐車されていたのもちょっと残念。

ここから駅までは歩くと30分以上かかるので、Boltを呼んで戻りました。

ヴィリニュス~カウナスへの電車

ヴィリニュス編に書いたように、LTGという電車のチケットはGoogleマップから進んで簡単に買えました。乗り場の案内がプラットフォームの番号とトラック番号になっていて少し迷いましたが、そこまで電車が多い駅でもないので、少し早めに行ってればまあ大丈夫。

カウナスの駅は、降りたらそのまま外に出られる開放的な作りでした。帰りは他に電車がなかったので、迷わず乗れます。

ヴィリニュス駅
乗り場の案内
二階建てだった電車

いろいろ振り返ったことで、すでにまたリトアニアに行きたい気分満々です。リトアニアは他にも、ケルナヴェ古代遺跡という世界遺産もあり、首都ヴィリニュスから日帰りで行ける距離感です。また、隣国ポーランドの世界遺産であるマルボルク城によく似たトラカイ城は、世界遺産の暫定リストに掲載されていて、こちらもヴィリニュスから近いです。

今回はカウナスを選んだので他2つは諦めましたが、次回はこの辺りをもっとゆっくり回る旅程も良いかも・・と夢は膨らみます。次回は最近リトアニアで最も”映える”スポットとして話題の、十字の丘について書きます。

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